胡蝶眼鏡(6)
希望の見えない毎日を過ごしていた1週間ほど前に,点けっぱなしにしていたテレビから,テレビショッピングの声が聞こえてきました.甲高い声で話す通販会社の名物社長が,胡蝶何とかと言ったのです.思いもかけず「胡蝶」という言葉を聞いた私は,反射的にテレビを見ました.それが,「胡蝶眼鏡」の宣伝でした.

名物社長は「胡蝶眼鏡」の技術的なアドバンテージを,甲高い声で紹介し始めました.この眼鏡は,昔に流行ったプロジェクションマッピングを進化させた技術を使用していると言います.プロジェクションマッピングでは,実際のビルや道路などをスクリーンに見立てて投影するのですが,胡蝶眼鏡は,液晶レンズの上に投影させるというのです.名物社長は説明を続けます.

「みなさん,誤解しないでください.胡蝶眼鏡は,固定されたスクリーンに映し出される映画を見る道具ではありません.胡蝶眼鏡は,皆さんがどこにいようとも,その場に適した映像を映し出すことができるのです」

社長は,胡蝶眼鏡と眼鏡ストラップを手に取りながら,話を続けました.

「ここに,NASAが開発した高性能なセンサが取り付けられているので,地球上のどの場所にあり,そして,どちらの方向を向いているかを,ピッタリ知ることができます.さらに,超小型カメラで,あなたが眼鏡越しに見ている対象物を認識します.だから,あなたがどこにいて何を見ていようとも,それに適した映像を映し出すことができます.例えば,あなたが歩く道路上に矢印を重ねて表示してナビのように使うこともできます.それ以外に,こんな使い方もできるのです」

ここからが彼の真骨頂なのですが,VTRとスタジオの寸劇で「胡蝶眼鏡」の活用例を具体的に説明しはじめました.

初めに,胡蝶眼鏡をかけた数名の若者がレーザーガンを持ち,シューティングゲームをしている光景がVTRで映し出されました.彼らは,何もない広場にいるのですが,なぜか,そこに壁でもあるかのように,顔を出したり引っ込めたりする妙な動きをしています.画面が切り替わり,胡蝶眼鏡越しに彼らが見ている光景が映し出されました.それで合点がいきました.彼らには,幾つもの木箱や壁が見えていたのです.実際には何もない広場なのですが,胡蝶眼鏡越しに見ると,そこに,刑事映画によく出てくる廃倉庫が忽然と現れるのです.彼らは,その陰に隠れながら,シューティングゲームを楽しんでいたのです.胡蝶眼鏡により,新しいゲームの世界が広がりそうです.

次のVTRには,妻と何度も訪れた奈良の東大寺が映し出されました.通販会社のスタッフが胡蝶眼鏡をかけると,眼鏡フレームに組込まれているカメラ見た映像に切り替わりました.歩行に合わせて上下に揺れますが,8Kで映っています.大仏殿に入ると,黒光りした大仏が見えてきました.と,次の瞬間,いきなり大仏が黄金色に輝きました.建立当時の金箔が貼られた大仏のCGが,今の黒光りする大仏に置き換わるように表示されたのです.CGは,位置ズレすることなく,ピッタリに実際の大仏に重ね合わせて映し出されています.どうやら,3D-CGを使っているようです.彼が歩き回ると,CG大仏の横顔が見えてきました.黄金に輝いています.ナレーションによると,世界遺産のピラミッドやコロッセオなどでも,時代考証に基づいた建設当時の建造物を見ることができるそうです.旅行が楽しくなりそうです.

続き:16/02/15 胡蝶眼鏡(7)